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皆さんは「垂直仕立て栽培」という栽培方法をご存じでしょうか?

トマトやナスなどの茎や葉を一本の支柱に集めて上向きに固定したり、イチゴのランナーを親株よりも高い位置に固定したり、果樹の枝を上向きに誘引したりする栽培方法です。

「こうすることで植物ホルモンの働きが活発になり、根が増えたり、病害虫に強くなったり、収穫量が増えたりする」と説明されることがあります。

「肥料や農薬を減らせる」という話もあります。

垂直仕立て栽培には複数の実践者や提唱者がいます。

書籍や農業雑誌、インターネットなどでも紹介されています。

私はイチゴを専門に農業コンサルティングをしていますが、この方法には以前からいくつか疑問を持っていました。

例えば、植物の葉は光合成によって糖などの有機物を生産します。

ところが、葉を一本の支柱に集めると、葉同士が重なって日光が当たりにくくなる可能性があります。

イチゴの場合も、ランナーについた子苗を親株より高い位置に固定すれば、子苗の葉が親株への日射を遮ってしまうかもしれません。

もちろん、枝葉の方向を変えることで植物ホルモンの働きが変化することは、植物生理学的に十分考えられます。

しかし、それだけで光合成量や収穫量が増えるのでしょうか?

また、家庭菜園では便利な栽培方法だったとしても、商業的な農家が導入して利益を増やせるのでしょうか?

今回は、垂直仕立て栽培について、植物生理学や学術論文、実際の農園の事例などを調べてみました。

垂直仕立て栽培とは?

垂直仕立て栽培は、茎や枝、ランナーなどを上向きに誘引・固定する栽培方法です。

対象となる作物によって方法は異なります。

トマトやナスでは、複数の茎や葉を一本の支柱に集めて、上向きに固定します。

イチゴでは、通常は摘除することが多いランナーを残し、親株より高い位置に固定する方法があります。

リンゴ、ナシ、ミカンなどの果樹では、枝を上向きに誘引したり、上向きの枝を残す剪定を行ったりします。

ただし、一般的なトマトの一本仕立てや、果樹の主幹を垂直に伸ばす栽培も、広い意味では垂直方向への誘引です。

これらと、複数の茎葉を束ねたりランナーを上方に固定したりする方法は区別する必要があります。

垂直仕立て栽培で期待されている効果には、植物ホルモンの働きの変化、根の発達、収量や品質の向上、病害虫の減少などがあります。

では、それぞれの効果に科学的な根拠はあるのでしょうか?

なぜ垂直仕立て栽培は注目されるのか?

私は、この栽培方法が注目される理由の一つに、名前と栽培方法のわかりやすさがあると思います。

野菜栽培では、一般的に、枝を広げて日光を当てたり、不要な枝や葉を取り除いたりすることがあります。

それに対して、垂直仕立て栽培は茎葉を上向きに集めます。

従来の栽培方法とは違うように見えるため、意外性があります。

しかも、特別な機械を使うわけではなく、支柱とひもなどで植物を固定するという比較的簡単な作業です。

「植物ホルモンの働きが活発になって、収穫量が増える」と説明されれば、画期的な栽培方法に感じる人もいるでしょう。

特に、野菜栽培の経験が少ない人にとっては、従来の栽培方法との違いがわからず、斬新な技術に見えるかもしれません。

ただし、これは私の考察であり、垂直仕立て栽培に興味を持つ人の動機を調査した結果ではありません。

また、興味を持つこと自体は悪いことではありません。

新しい方法を試してみることは、家庭菜園の楽しみの一つでもあります。

重要なのは、話題性と実用性を区別することです。

斬新でわかりやすい栽培方法であることと、効率的で合理的な栽培方法であることは、別の話です。

植物ホルモンとは?種類と働きを解説

垂直仕立て栽培の説明では、植物ホルモンという言葉がよく登場します。

植物ホルモンとは、植物の成長や発達、環境への応答などを調節する物質です。

代表的な植物ホルモンには、次のようなものがあります。

植物ホルモン主な働き
オーキシン細胞伸長、頂芽優勢、発根、重力屈性など
サイトカイニン細胞分裂、側芽の成長、葉の老化抑制など
ジベレリン茎の伸長、種子発芽、花芽形成や果実成長の調節など
アブシシン酸気孔閉鎖、乾燥ストレスへの応答、休眠など
エチレン果実の成熟、老化、落葉、ストレス応答など
ブラシノステロイド細胞伸長、細胞分裂、維管束の発達など
ジャスモン酸食害や傷害に対する防御応答など
サリチル酸病原体に対する防御応答など
ストリゴラクトン側枝の成長抑制、根圏での相互作用など

植物ホルモンは非常に重要ですが、必ずしも多ければ多いほど良いというものではありません。

例えば、オーキシンは根の形成に関係しますが、濃度や組織によっては根の伸長を抑制することもあります。

また、サイトカイニンは側芽の成長を促進する方向に働くことがありますが、ストリゴラクトンは側芽の成長を抑制する方向に働くことがあります。

このように、植物ホルモン同士が拮抗的に働く場合もあれば、協調的に働く場合もあります。

同じ植物ホルモンでも、作用する組織や生育段階、濃度、環境によって結果が変わります。

つまり、オーキシンが増えたからといって、必ず根が増えるわけでも、花が増えるわけでも、果実の収穫量が増えるわけでもありません。

さらに、植物ホルモンの作用には、まだ十分に解明されていない点もあります。

私は、植物ホルモンの効果に過度な期待をすることには慎重であるべきだと考えています。

過去に植物ホルモンなどの研究をしている大学の先生たちにいろいろ質問をしたことがありますが、「植物ホルモンについてはまだわからないことだらけなんだよね」と言っていました。

植物ホルモンは植物の成長を調節する重要な仕組みですが、植物が生育するために必要な光、温度、水分、二酸化炭素、無機養分などを代わりに供給してくれるわけではありません。

植物ホルモンは万能ではありませんし、まだ研究途中のものです。

垂直仕立て栽培で植物ホルモンは本当に増えるのか?

植物は重力を感知して、茎を上向きに、根を下向きに成長させる性質を持っています。

この現象には、オーキシンの輸送や分布が関係しています。

そのため、茎や枝の方向を変えると、植物ホルモンの分布や働きが変化することがあります。

ただし、ここで注意したいのは、「植物ホルモンの分布が変化すること」と「植物全体のホルモン総量が増えること」は異なるという点です。

例えば、オーキシンが茎の一方に偏って分布することで、片側の細胞がより伸長し、茎が曲がる場合があります。

この現象は、植物全体でオーキシンの量が増えなくても起こり得ます。

トマトの茎の誘引方向と植物ホルモンを調べた研究

2019年に学術誌『Scientia Horticulturae』で発表された研究では、加工用トマトの主茎を垂直方向と水平方向に誘引し、生育、収量、植物ホルモン濃度などを比較しています。

この研究では、垂直方向に誘引したトマトで、茎の長さや葉面積が増加し、IAA(オーキシンの一種)やサイトカイニン類の濃度にも違いが確認されました。

また、特定の葉では光合成速度が高くなり、初期の果実収量や販売可能な果実の割合も増加しました。

一方で、最終的な1株当たり総収量と総果数には有意差がありませんでした。

「植物ホルモンの濃度に違いがあったのに、収量には違いがなかった」のです。

これは非常に興味深い結果です。

茎の向きを変えることによって植物ホルモンや生育が変化することは確認されましたが、それが総収量の増加に直結したわけではありません。

なお、この研究は加工用トマトの主茎を水平と垂直に誘引した比較であり、複数の茎葉を一本の支柱に束ねる栽培方法を直接検証したものではありません。

それでも植物ホルモンの変化と収量増加を区別するうえで、参考になる研究だと思います。

茎葉を垂直に固定すると光合成量は減るのか?

植物の葉は、光合成によって二酸化炭素と水から糖などの有機物を生産します。

そのため、果実をたくさん収穫するためには、葉が十分に光を受けられる環境を整えることが重要です。

ところが、トマトやナスの茎や葉を一本の支柱に集めて固定すると、葉同士が重なってしまうことがあります。

外側や上の葉には日光が当たっても、内側や下の葉は陰になり、受光量が減る可能性が高いです。

光合成を考えるときには、葉の枚数や面積だけでなく、それぞれの葉にどれくらい光が届くのかが重要です。

葉がたくさんあっても、互いに遮光していれば、葉面積の増加に比例して光合成量が増えるわけではありません。

ただし、葉を垂直方向に配置することが常に不利というわけではありません。

太陽の高度が高いときと低いときでは、葉への直射光の当たり方が異なります。

また、外側の葉が受ける光が減っても、その分、下位葉や隣の株への光が増える場合があります。

夏の非常に強い日射条件では、葉への過剰な光や高温による障害を軽減する効果が生じる可能性もあります。

そのため、垂直仕立て栽培の光合成への影響は、直射日光が当たる葉の枚数だけでは判断できません。

株全体、あるいは栽培面積全体で、1日にどれだけ光を利用し、どれだけ光合成を行ったのかを比較する必要があります。

垂直方向に固定すれば植物ホルモンが活発になるという説明だけでなく、光合成量がどう変化するかも検証するべきです。

ですが、その検証はほとんど行われていません。

イチゴのランナーを上向きに固定すると、収穫量は増えるのか?

イチゴの垂直仕立て栽培では、ランナーを摘除せず、親株より高い位置に固定する方法があります。

子苗の葉も光合成する

まず、ランナーの先についた子苗にも葉があり、光合成を行います。

そのため、親株だけの場合よりも葉面積が増えて、親株と子苗を合わせた光合成量が増える可能性はあります。

しかし、子苗の葉で作られた同化産物は、子苗自身の葉や根、ランナーの成長にも使用されます。

親株の果実にすべて送られるわけではありません。

また、子苗を親株より高い位置に固定すれば、子苗の葉が親株への日射を遮る場合があります。

つまり、子苗での光合成量が増えるメリットと、親株の葉への日射が減るデメリットの両方が考えられます。

ただし、両者がプラスマイナスゼロになるとは限りません。

実際の結果は、子苗の大きさ、葉の配置、季節、親株と子苗の同化産物の転流量などによって変化します。

さらに重要なのは、植物全体で光合成量が増えても、親株の果実に配分される同化産物が増えるとは限らないことです。

親株と子苗の間では植物ホルモンも移動する

イチゴの親株と子苗は、ランナーでつながっています。

ランナーを介して、水分、養分、植物ホルモンなどが移動することが知られています。

2012年に『Journal of Experimental Botany』で発表された研究では、イチゴ属植物のランナーにおけるオーキシンの極性輸送などを測定しました。

その結果、ランナーの基部方向へのオーキシン輸送や、子苗の発達に関わる輸送機能が確認されています。

ただし、ランナー内でオーキシンが移動することと、ランナーを上向きに固定すると親株の根量や果実収量が増えることは、別の問題です。

植物ホルモンが移動しているからといって、その作用が必ず親株にとって有利になるとは限りません。

ランナーを摘除すると収量が増えた研究もある

2021年に発表された四季成り性イチゴ「Favori」の研究では、ランナーを定期的に摘除する区と、ランナーを残す区などを比較しています。

その結果、ランナーを摘除した区では、総収量、販売可能収量、果数、果実の大きさが増加しました。

この研究は日本の一季成り性イチゴの促成栽培ではなく、ノルウェーでの四季成り性品種を使用した試験です。

そのため、すべてのイチゴ栽培に直接当てはめることはできません。

しかし、少なくとも「ランナーを残せば親株が強くなり、果実収量が増える」と一般化できないことを示す、重要な研究です。

また、一般論として、日本でもランナーを残すとランナーに養分が分散し、親株の収穫量が減ることが知られています。

日本の促成栽培では冬の日射が重要

日本のイチゴ促成栽培では、一般的に9月頃の花芽分化が早期収穫に重要です。

一方、冬季は一季成り性品種にとって花芽分化が誘導されやすい温度・日長条件になりやすく、果実肥大や収量にとっては光合成産物の確保が非常に重要になります。

冬は日射量が少なく、太陽高度も低いため、親株の上部に子苗を配置した場合の遮光が心配です。

私なら、日本のイチゴ促成栽培では、子苗を上に固定することによる効果を期待するよりも、親株の葉に十分な光を当て、果実へ同化産物を供給できる環境を優先します。

今後、ランナーを摘除する慣行栽培と、ランナーを上向きに残す栽培を比較し、年間収量や糖度、根量、労働時間などを調査した研究が必要だと考えます。

いちごの出荷量にプラスに働く可能性

しかし、いちごのランナーを残す栽培が、出荷量にプラスに働く可能性もあります。

いちご栽培では、乱形果や鶏冠果、先白果などが発生することがあります。

これらの症状は違いますが、原因は同じで窒素過剰・生育過剰です。

わかりやすくと例えると、肥料が多くいちごの株が元気いっぱいになりすぎると発生率が高くなります。

かといって肥料を減らしたり、元気さを抑えると、果実が小さくなったり、収量が減ります。

また、品種によっても発生率が異なります。

そこで、ランナーを残すことで、ランナーに養分を分散させて、過剰な生育を抑える方法が考えられます。

乱形果や鶏冠果、先白果が発生しやすい品種で、過去にそれらの発生が多い農園では、あえてランナーを残すことで乱形果や鶏冠果、先白果の発生率を減らせるかもしれません。

トマトやナスなどの夏野菜では収穫量が増えるのか?

トマトやナスでは、一般的な栽培でも支柱や誘引を利用しています。

そのため、支柱を使用していることだけでは垂直仕立て栽培の特徴とはいえません。

重要なのは、複数の茎や葉を一本の支柱に集めることによって、通常の仕立て方より優れた結果が得られるかどうかです。

トマトでは、先ほど紹介した2019年の研究で、垂直誘引によって初期収量や販売可能率が改善しました。

この点は、垂直誘引のメリットとして正しく評価するべきです。

ただし、総収量には有意差がありませんでした。

ナスについても、枝葉を適切に配置して受光環境を確保することが重要です。

従来の3本仕立てや4本仕立て、V字仕立てなどは、枝の生育、採光、果実の管理、収穫作業などを考慮した方法です。

複数の枝を一本の支柱に集めれば、株の占有幅を小さくできる可能性はあります。

しかし、葉の重なりや通風、収穫作業性に問題が生じる場合もあります。

ですが、枝が広がるスペースがコンパクトになれば、苗木を植える株間を狭くして密植ができ、面積あたりの収量を増やせる可能性があります。

さらに、夏野菜では日射量だけでなく高温の影響も重要です。

真夏の強光条件では、適度な遮光によって葉温や果実温度が下がり、生育障害が軽減される場合もあります。

そのため、垂直仕立てによる受光量の変化が有利になるか不利になるかは、気候や栽培環境に依存します。

大切なのは、見た目の生育や葉の茂り方だけでなく、栽培期間全体の販売可能収量で比較することです。

リンゴ・ナシ・ミカンなどの果樹では効果があるのか?

果樹では、枝の向きによって生育や花芽形成が変わることは広く知られています。

例えばリンゴでは、枝が直立していると新梢の伸長が強くなりやすく、枝を適切な角度に誘引することで樹勢や花芽形成を調整することがあります。

Virginia Techのリンゴ栽培技術資料でも、枝の角度によって生育や花芽形成が変わることが説明されています。

これは植物ホルモンの作用とも関係しています。

しかし、ここでも注意が必要です。

枝を垂直に伸ばして栄養成長が旺盛になったとしても、必ず果実の収量が増えるわけではありません。

むしろ、栄養成長が強くなりすぎれば、花芽形成や果実品質に不利になる場合もあります。

ナシでも、棚栽培などで枝を横方向に誘引する方法が広く利用されています。

枝の角度は、花芽形成だけでなく受光環境や収穫作業性にも関係します。

ミカンなどの柑橘類では、樹冠内部への日射が重要です。

枝葉が過度に密集すると、内部の葉や果実に光が届きにくくなります。

一方で、剪定しすぎて葉面積が減少すれば、光合成量や収量が低下することもあります。

しかし、枝が広がるスペースがコンパクトになれば、苗木を植える株間を狭くして密植ができ、面積あたりの収量を増やせる可能性があります。

果樹では、直立した枝がよいか、水平に近い枝がよいかという単純な問題ではなく、樹齢、品種、台木、栽植密度、樹勢、果実品質、収穫作業性などを総合的に考える必要があります。

また、果樹は一年間だけ収量が増えても、翌年の花芽形成や隔年結果に悪影響が出れば、長期的には不利になる可能性があります。

肥料や農薬を使わなくても栽培できるのか?

「垂直仕立て栽培では、植物ホルモンの働きによって肥料や農薬を減らせる」と説明されることがあります。

しかし、植物ホルモンと肥料・農薬の役割は異なります。

まず、植物ホルモンは窒素、リン、カリウム、カルシウム、マグネシウムなどの必須元素を作り出すことはできません。

作物を収穫すれば、果実や茎葉などに含まれる養分が圃場の外に持ち出されます。

土壌に十分な養分が蓄積されていたり、有機物の分解などによって養分が供給されたりすれば、肥料を施用しなくても一定期間は栽培できる可能性があります。

しかし、無肥料で育つことと、長期間にわたって高い収量を維持できることは別問題です。

次に、病害虫に対する抵抗性には、サリチル酸やジャスモン酸、エチレンなどの植物ホルモンも関係しています。

ただし、これらの植物ホルモンの働きは複雑で、病原菌や害虫の種類によっても作用が変わります。

垂直に固定することで植物ホルモンの働きが変化したとしても、あらゆる病害虫に強くなるとは限りません。

むしろ、枝葉が密集して通風が悪くなれば、一部の病害が発生しやすい環境になる可能性もあります。

肥料や農薬の削減効果を主張するのであれば、通常栽培との比較試験で、収量や品質を維持しながら使用量を減らせたかどうかを調べる必要があります。

家庭菜園では垂直仕立て栽培がおすすめなのか?

家庭菜園の場合、商業農業とは評価基準が少し異なります。

必ずしも最大収量や最大利益を目指す必要はなく、省スペース、見た目、作業の楽しさ、管理のしやすさなども重要だからです。

ただし、家庭菜園といっても、どこで野菜を育てるかによって条件が大きく異なります。

日当たりの悪い住宅地の庭

住宅地の庭では、隣の建物や塀、住宅自体の影響で日照時間が短くなることがあります。

このような環境では、もともと光合成に利用できる日射量が不足しやすいため、茎葉を束ねることでさらに受光量が減るのは好ましくありません。

ただし、背の高い支柱を使用して葉を塀より高い位置に誘引することで、日当たりが改善する場合もあります。

つまり、垂直方向に伸ばすこと自体が悪いのではなく、葉が実際に受ける光が増えるのか減るのかが重要です。

日当たりの悪い庭では、植物ホルモンへの期待よりも、まず日射条件の改善を優先する方が合理的だと考えます。

ベランダのプランター栽培

ベランダでは、栽培スペースが限られています。

そのため、茎や枝を上向きに誘引して株の占有面積を小さくできれば、省スペース化というメリットが期待できます。

また、ベランダの手すりや壁によって下部が日陰になる場合には、葉を高い位置に配置した方が日射を確保できる可能性があります。

一方で、プランターでは根域、水分、肥料の供給量などが制限されやすくなります。

茎葉を束ねることによる遮光や通風の悪化も考慮する必要があります。

ベランダ栽培では、省スペース化と受光環境の改善につながる場合には試す価値がありますが、収量が必ず増えるというものではありません。

田舎の日当たりの良い畑

田舎の家庭菜園では、比較的広い面積で野菜を育てられることがあります。

日当たりや栽培スペースに余裕があるなら、無理に茎葉を一本の支柱に集める必要性は小さくなります。

枝葉を適度に広げ、各葉に光が当たりやすい環境を整える方法も選択できます。

ただし、通路を確保したい場合や、収穫・管理をしやすくしたい場合には、垂直方向への誘引が便利なこともあります。

家庭菜園では、垂直仕立て栽培を試してみること自体も楽しみの一つだと思います。

その場合は、同じ品種を通常の仕立て方でも育てて、収穫量や作業時間を比較してみると興味深いでしょう。

商業農業では垂直仕立て栽培で儲かるのか?

商業農業では、家庭菜園とは異なり、収量や品質だけでなく利益が重要です。

例えば、1株当たりの収量が増えても、株間を広げる必要があり、面積当たりの栽植株数が減少すれば、10a当たり収量が増えない場合があります。

また、収量が増えても、誘引や結束、収穫などに必要な作業時間が増えれば、人件費が増加します。

反対に、垂直仕立てによって整枝や剪定の作業時間が大幅に減少するのであれば、収量が同程度でも経営上のメリットが生まれる可能性があります。

そのため、商業農業で評価すべき項目は次のとおりです。

  • 10a当たりの年間販売可能収量
  • 果実の大きさ、糖度、着色などの品質
  • 販売単価と売上
  • 誘引、剪定、摘葉、収穫などの作業時間
  • 肥料、農薬、支柱などの資材費
  • 栽培設備の投資額
  • 最終的な利益

重要なのは、「植物が元気になった」「葉が増えた」「果実が大きくなった」という一部分だけで評価しないことです。

商業農業で優れた栽培方法とは、販売可能な農産物を、適切な品質で、より少ない費用や労力で安定して生産できる方法です。

垂直仕立て栽培を実践する商業農園はあるのか?

垂直仕立て栽培を実践しているのは、家庭菜園の愛好家だけではありません。

実際に農産物を販売する商業農園にも導入事例があります。

一方で、こうした実践事例があることと、従来の栽培方法よりも利益が増えることが実証されていることは別です。

実践農園の経験談は参考になりますが、栽培方法の効果を正確に評価するには、同じ条件での比較試験が必要です。

また、今回確認できた事例は果樹が中心でした。

イチゴのランナーを上向きに固定して親株から果実を収穫する方法については、慣行栽培より収益性が高いことを示す比較データを確認できませんでした。

本当に優れた方法なら、なぜ世界中の農家で広く普及していないのか?

ここでもう一つ、私は疑問があります。

もし垂直仕立て栽培が、従来の栽培方法より収穫量が多く、品質も良く、肥料や農薬も減らせて、作業時間まで短縮できるのであれば、なぜ世界中の商業農家で広く使われていないのでしょうか?

農家は日々、収量や品質、利益を改善する方法を探しています。

簡単に導入でき、大きな経済的メリットがあり、さまざまな地域で再現できる技術なら、普及する可能性は高いでしょう。

もちろん、普及していないことだけで効果がないとは断定できません。

新しい技術が普及するまでには時間がかかりますし、栽培環境や品種によって向き不向きもあります。

そこで、垂直仕立て栽培がどの程度普及しているのかも調べてみました。

日本の農業経営体に占める普及率は?

農林水産省の2025年農林業センサスによると、日本には約83万6,000の農業経営体があります。

一方、垂直仕立て栽培を実践している農業経営体数を集計した統計は確認できませんでした。

仮に、日本全国で100経営体が実践しているとすれば、普及率は約0.012%です。

500経営体なら約0.060%、1,000経営体なら約0.120%になります。

仮定する実践経営体数全国の農業経営体に対する割合
50経営体約0.006%
100経営体約0.012%
300経営体約0.036%
500経営体約0.060%
1,000経営体約0.120%

ただし、これらは普及率の計算例であって、実際の導入数を推定した統計ではありません。

また、分母には稲作や畜産なども含まれます。

野菜・果樹の栽培農家だけを対象にすれば、割合は変わります。

今回の調査では商業農園の導入事例を複数確認できましたが、日本全体の採用率が何%なのかまでは判断できませんでした。

現時点で言えるのは、「主要な野菜・果樹の標準的な商業栽培方法として広く定着していることは確認できなかった」ということです。

普及率の低さは効果がないことの証明にはなりませんが、さまざまな作物に共通して大きな増収・増益効果があるという主張には、さらに検証が必要だと思います。

科学的にわかっていること、わかっていないこと

ここまでの内容をまとめます。

検証する内容現時点での評価
茎や枝の方向によって植物ホルモンの働きが変化する科学的根拠がある
垂直誘引によって植物全体のホルモン総量が必ず増える実証されていない
ホルモンが変化すれば必ず収量が増える成立しない
茎葉を束ねると光合成量が減少する条件によって起こり得る
ランナーを上向きにすると親株の果実収量が増える十分な直接的証拠を確認できない
垂直仕立てで肥料・農薬を減らせる栽培条件と効果の検証が必要
垂直仕立てで作業時間が減る方法や作物による
商業農業で慣行栽培より利益が増える十分な比較データを確認できない

垂直仕立て栽培に関連する科学的な知見は存在します。

しかし、個々の植物生理学的な現象が確認されていることと、垂直仕立て栽培という技術全体の優位性が証明されていることは異なります。

垂直仕立て栽培の可能性

垂直仕立ての有効活用方法を検討してみました。

いちごの夏秋栽培(遮光代わり)

まず、いちごの夏秋栽培の場合、日射が強すぎて遮光シートを使うことがあります。

そのため、いちごの収穫株の上にランナーがあって遮光されても、日射不足になりません。

夏秋栽培であれば、日射不足という問題はなくなり、逆に遮光シート代わりになる可能性があります。

同様に、促成栽培の春の強い日射を緩和できる可能性もあります。

いちごの促成栽培(過剰成長の抑制)

先述の通り、いちごの促成栽培の場合、肥料過多や草勢過剰により、先白果などの奇形果が増えることがあります。

草勢過剰の抑制方法として、あえてランナーを残すことは昔から栽培技術として存在します。

その一種と考えれば、ランナーを残し上部に固定することで、先白果などの奇形果が減り、果形がきれいになる可能性があります。

野菜や果樹の有機栽培(農薬の制限あり)

野菜や果樹を有機栽培する場合は、使用できる農薬に強い制限がかかります。

そうなると、ほんの僅かでも病気や害虫を減らす効果があることを、複数行う必要があります。

例えば、輪作、混作、土着天敵の活用、農薬ではないものの葉面散布などです。

その一つの手段として、垂直仕立ても有効だと考えられます。

一つだけでは効果が弱いものであっても、複数を組み合わせることで期待する効果が得られる可能性があるためです。

まとめ:垂直仕立て栽培はおすすめできるのか?

今回は、いちごのランナーや野菜・果樹の茎や枝を垂直方向に固定することで、本当に収穫量が増えるのかを調べてみました。

植物の茎や枝の向きを変えることで、植物ホルモンの分布や濃度、生育が変化することは、学術研究でも確認されています。

一方、植物ホルモンが変化するからといって、必ず収穫量が増えるわけではありません。

実際、トマトの研究では、垂直誘引によって植物ホルモンや初期収量が変化したものの、最終的な総収量には有意差がありませんでした。

また、植物の生育には、光合成、温度、水分、二酸化炭素、無機養分などのさまざまな要素が関係しています。

植物ホルモンだけで、これらの問題をすべて解決できるわけではありません。

私は、植物ホルモンの効果に過度な期待をするべきではないと考えています。

特に、日本のイチゴ促成栽培では、冬季の限られた日射を効率よく利用することが重要です。

ランナーを上向きに固定して子苗を残すことが、慣行のランナー摘除より有利であるという十分な証拠は、今回確認できませんでした。

家庭菜園では、限られたスペースを有効活用できたり、葉を高い位置に配置して日当たりを改善できたりする場合には、垂直方向への誘引が役立つ可能性があります。

一方、商業農業では、栽培方法の斬新さではなく、収量、品質、作業時間、経費、利益で判断するべきです。

今回調べた範囲では、垂直仕立て栽培がさまざまな作物で慣行栽培より優れていると結論づけられるほどの直接的な比較試験は確認できませんでした。

もちろん、今後の研究で有効性が明らかになる可能性はあります。

また、先述のとおり、特定の品種や栽培環境ではメリットがあるかもしれません。

しかし、現時点では、垂直仕立て栽培への全面的な転換を商業農家に積極的に推奨するだけの根拠は不足していると考えています。

新しい農業技術を評価するうえで重要なのは、説明が斬新かどうかではなく、再現性のある比較データによって効果が確認されているかどうかです。

参考文献・研究資料

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