
農業への新規参入では、ビニールハウスや高設栽培設備、環境制御装置、農業機械など、多額の設備投資が必要になる場合があります。
そのため、国や自治体の補助金を活用して、初期投資の負担を減らそうと考える企業も多いです。
補助金を利用すること自体は、決して悪いことではありません。条件を満たし、利用できる補助金があるのであれば、積極的に活用した方がよいでしょう。
しかし、補助金を前提に農業参入を計画すると、事業が失敗する可能性が高くなります。
この記事では、補助金を使った農業参入が失敗しやすい理由と、補助金を正しく活用するための考え方を解説します。
1. 補助金を使っても他社より有利になるとは限らない
農業以外の業界では、事業を始める際に高額な補助金を利用できる機会は、それほど多くありません。
そのため、異業種から農業への参入を検討している経営者の中には、
「補助金を使えるのであれば、他社よりも有利に事業を始められる」
と考える人がいます。
しかし、農業では、競合他社も同じように補助金を使っていることがあります。
特にイチゴ栽培のように、ビニールハウス、高設栽培設備、暖房設備、環境制御装置など、大きな設備投資が必要な事業では、多くの農園や農業法人が補助金を活用しています。
そのため、自社が補助金を使ったとしても、それだけで競合農園より有利になるわけではありません。
補助金を使えることは、特別な競争優位性ではなく、他社と同じ条件に立つための手段になる場合があります。
例えば、自社が設備費の2分の1を補助してもらったとしても、競合する農園も同じ補助制度を使っていれば、設備投資額の面で大きな差は生まれません。
さらに、農業の競争力は、設備の金額だけで決まるものではありません。
重要なのは、次のような要素です。
・どれだけ高い収量を安定して生産できるか
・品質の高い農産物を作れるか
・販売単価を高められるか
・人件費や資材費を抑えられるか
・安定した販売先を確保できるか
・自社独自の強みを作れるか
補助金を使って立派な設備を導入しても、栽培技術や販売力が弱ければ、利益は残りません。
補助金が使えることと、事業に競争力があることは、別の問題として考える必要があります。
2. 補助金ありきで事業計画を作ってしまう
補助金を使った農業参入が失敗する大きな理由の一つが、補助金ありきで事業計画を作ってしまうことです。
本来、農業事業を始めるかどうかは、その事業が継続的に利益を出せるかどうかで判断するべきです。
ところが、補助金を前提にすると、判断の順番が逆になってしまう場合があります。
本来は、
「この事業は儲かるのか」
「自社の強みを生かせるのか」
「地域の気候や立地条件に合っているのか」
と考える必要があります。
しかし、補助金ありきになると、
「補助金が使えるから、この事業をやろう」
「設備費の半分が補助されるから、採算が取れるだろう」
「自治体が支援している分野なので、将来性があるだろう」
という判断になりやすくなります。
その結果、事業計画が甘くなることがあります。
例えば、本来であれば投資額が大きすぎて採算が合わない設備でも、補助金が出ることで安く見えてしまいます。
販売先が十分に決まっていなくても、設備を導入することが目的になってしまう場合もあります。
また、自社の強みを生かせない事業を選んでしまうこともあります。
例えば、自社に小売店や飲食店への販売網があるのであれば、それを生かせる作物や販売方法を考えるべきです。
しかし、補助金の対象になる設備や作物を優先すると、本来持っている営業力や顧客基盤を生かせない可能性があります。
地域の条件を無視してしまうこともあります。
農業では、気温、日射量、降水量、積雪、標高、交通条件、消費地までの距離などが、事業の採算性に大きく影響します。
補助金が使えるからという理由だけで作物や設備を選ぶと、その地域の気候や立地条件に合わない農業を始めてしまう危険があります。
重要なのは、補助金に合わせて事業を作ることではありません。
自社が勝てる事業を考えたうえで、その事業に利用できる補助金を探すことです。
3. 補助金が出る事業には理由がある
補助金が出る事業は、必ず儲かる事業だと思われることがあります。
しかし、補助金が出ることと、事業の収益性が高いことは同じではありません。
むしろ、補助金が必要になる背景には、民間企業や農家が自発的には導入しにくい事情がある場合があります。
例えば、補助金の対象になるものには、次のようなものがあります。
・初期投資が高額な設備
・投資回収までに時間がかかる技術
・導入効果が分かりにくい設備
・普及が進んでいない新技術
・国や自治体が普及させたい生産方式
・条件が不利な地域での事業
・環境負荷を減らすための設備
本当に何もしなくても儲かる事業であれば、補助金がなくても多くの企業が参入します。
利益が大きく、投資回収も早い事業であれば、民間企業が自ら資金を出して広げていくからです。
一方で、導入費用が高い、利益が出るまで時間がかかる、社会的な意義はあるものの事業者側の利益が小さいといった場合には、国や自治体が補助金を出して普及を促すことがあります。
補助金には、国や自治体が事業者を一定の方向へ誘導するという側面もあります。
例えば、スマート農業、省エネルギー設備、環境負荷の低い栽培方法、輸出向け生産などを広げたい場合に、補助金が設けられます。
これらの政策には社会的な意義があります。
しかし、政策として推進されていることと、個別の企業が利益を出せることは別です。
補助対象になっているからといって、必ずしも採算性が高いわけではありません。
補助金があるという事実だけで事業性を判断するのではなく、なぜその補助金が用意されているのかを考える必要があります。
4. 設備投資を減らせても赤字は防げない
補助金を使えば、設備投資額を減らすことができます。
例えば、1億円の設備投資に対して2分の1の補助が出れば、企業側の負担は5,000万円になります。
3分の1の補助であれば、約3,300万円の負担を減らせます。
これは非常に大きなメリットです。
しかし、初期投資額を減らせたからといって、その後の赤字まで補助してもらえるわけではありません。
農業事業を始めた後には、次のような費用が継続的に発生します。
・人件費
・苗や種の購入費
・肥料や農薬などの資材費
・電気代や燃料費
・包装資材費
・修繕費
・物流費
・販売手数料
・賃借料
・借入金の返済
補助金の多くは、設備投資の一部を支援するものです。
毎年の運営費や赤字を補ってくれるものではありません。
そのため、補助金によって設備を安く導入できたとしても、収量が低い、販売単価が低い、人件費が高い、販売先がないといった問題があれば、経営は赤字になります。
実際に、設備投資額の2分の1や3分の1の補助を受けて農業を始めたものの、開業後数年で事業を終了したり、会社が倒産したりするケースがあります。
補助金を受け取れたことに安心し、開業後の収益性を十分に検討していなかったことが、失敗の原因になる場合もあります。
農業事業で重要なのは、設備を安く購入することではありません。
その設備を使って、毎年安定して利益を出すことです。
設備投資額だけを見るのではなく、開業後の運転資金や年間収支を確認しなければなりません。
5. 補助金には利用後の制約もある
補助金を利用すると、自由に設備を処分したり、事業内容を変更したりできなくなる場合があります。
補助金で導入した設備には、一定期間の使用や管理が求められることがあります。
事業が計画どおりに進まなくても、すぐに設備を売却したり、別の用途に変更したりできない可能性があります。
また、補助金の利用後には、実績報告や書類の保存、事業状況の報告などが必要になることもあります。
計画に反する使い方をした場合や、条件を満たせなかった場合には、補助金の返還を求められる可能性もあります。
そのため、補助金は単純にもらえるお金ではありません。
補助金を受け取った後も、制度の条件に従って事業を続ける責任があります。
補助金を申請する前には、採択されることだけでなく、採択後の義務や制約も確認しておく必要があります。
設備を導入した後に、
「想定より利益が出ないので、事業を変更したい」
「別の作物に切り替えたい」
「農業事業をやめたい」
と考えても、すぐには変更できない場合があります。
補助金を利用する場合は、長期間その事業を継続できるかどうかを慎重に判断しましょう。
補助金を使うこと自体は悪くない
ここまで、補助金を使った農業参入が失敗する理由を解説しました。
ただし、補助金を使ってはいけないという意味ではありません。
利用できる補助金があり、事業内容が条件に合っているのであれば、補助金は使った方がよいでしょう。
補助金を利用できれば、初期投資額を減らすことができます。
初期投資額が減れば、借入金も少なくできる可能性があります。
毎年の返済負担が小さくなれば、資金繰りも改善します。
また、同じ売上と利益を出せるのであれば、投資額が少ない方が投資回収期間は短くなります。
補助金には、次のようなメリットがあります。
・自己資金の負担を減らせる
・借入金を減らせる
・返済負担を抑えられる
・投資回収期間を短くできる
・設備導入のリスクを小さくできる
問題なのは、補助金を使うことではありません。
補助金があることを、事業を始める理由にしてしまうことです。
補助金は、赤字の事業を黒字に変える魔法の資金ではありません。
すでに成立している事業を、より安全かつ効率的に始めるための支援として使うべきです。
まず補助金なしで儲かる計画を作る
補助金を正しく活用するためには、まず補助金がなくても成立する事業計画を作ることが重要です。
事業計画を作る際には、補助金を計算に入れずに、次の点を確認します。
・現実的な収量で利益が出るか
・販売単価が下がっても耐えられるか
・初年度の収量が低くても資金
・初年度の収量が低くても資金が持つか
・資材費や人件費が上昇しても利益を確保できるか
・設備の修繕費や更新費を負担できるか
・販売先を安定して確保できるか
・自社の強みを生かせるか
・地域の気候や立地条件に合っているか
補助金を使わない状態でも十分に利益が出るのであれば、その事業には一定の競争力があります。
そのうえで補助金を利用すれば、初期投資額を減らし、投資回収を早めることができます。
反対に、補助金を入れなければ成立しない事業は、慎重に検討する必要があります。
設備費の一部を補助してもらっても、毎年の利益がほとんど残らないのであれば、設備の修繕や更新が必要になったときに資金が不足します。
また、補助金を前提にして設備を大きくしすぎると、生産量に対して販売力が追いつかないことがあります。
大量に生産できる設備を作っても、商品を売り切れなければ意味がありません。
農業参入では、設備の規模を決める前に、販売できる数量を確認する必要があります。
「どれくらい作れるか」ではなく、「どれくらい売れるか」から逆算して事業規模を決めることが重要です。
自社の強みを生かせる農業を選ぶ
異業種から農業に参入する企業には、既存の農家にはない強みがあります。
例えば、食品会社であれば、加工技術や小売店との取引があります。
建設会社であれば、施設の建設や修繕、設備管理に強みがあるかもしれません。
IT企業であれば、データ管理や業務効率化、インターネット販売などを得意としている可能性があります。
観光会社であれば、集客や接客、旅行商品との組み合わせができます。
飲食店を経営している会社であれば、自社店舗で農産物を使用したり、商品開発に生かしたりできます。
農業参入を成功させるためには、補助金の対象になる事業を選ぶのではなく、自社の強みを生かせる農業を選ぶべきです。
自社に販売力があるのであれば、高品質な農産物を作り、高単価で販売する方法が考えられます。
加工技術があるのであれば、規格外品を加工品に利用し、廃棄を減らすことができます。
既存の顧客や店舗があるのであれば、新しく販売先をゼロから開拓する必要がありません。
農業だけで他社に勝とうとするのではなく、本業と農業を組み合わせることが重要です。
補助金は、自社の強みをさらに伸ばすために使うべきです。
補助金の条件に合わせて、本来の強みを捨ててしまっては意味がありません。
気候と立地条件を生かせる事業を考える
農業では、事業を行う場所の条件が収益性に大きな影響を与えます。
同じ作物を同じ方法で栽培しても、地域によって生産コストや収穫時期、品質が変わります。
例えば、夏が涼しい地域では、夏場の冷房費を抑えながら作物を生産できる可能性があります。
冬が温暖な地域では、暖房費を削減できるかもしれません。
都市部に近い場所であれば、輸送時間を短縮したり、観光農園や直売を行ったりできます。
一方で、消費地から遠い場所では、物流費や輸送中の品質低下が課題になります。
積雪が多い地域では、ビニールハウスの強度や除雪作業も考慮しなければなりません。
農業参入を検討するときには、次のような条件を確認する必要があります。
・年間の気温
・日射量
・降水量
・積雪量
・台風や強風のリスク
・水の確保
・農地の状態
・市場や消費地までの距離
・従業員を採用できるか
・物流業者を利用できるか
・観光客や周辺人口の数
これらの条件を生かすことができれば、他の地域よりも有利な農業を行える可能性があります。
逆に、地域の条件に合わない作物や設備を選ぶと、冷暖房費や物流費などの負担が大きくなります。
補助金によって設備費を安くできても、毎年発生する電気代や燃料費、物流費まではなくなりません。
農業では、初期投資だけでなく、毎年発生する費用を抑えられる場所を選ぶことが重要です。
補助金が不採択でも実行できる計画にする
補助金は、申請すれば必ず採択されるものではありません。
審査があり、条件を満たしていても不採択になる場合があります。
また、補助制度の内容や予算は年度によって変わります。
昨年利用できた補助金が、翌年も同じ条件で利用できるとは限りません。
補助金の公募時期と、農業事業を始めたい時期が合わないこともあります。
補助金の採択を待っている間に、農地や取引先を失う可能性もあります。
そのため、補助金が採択されなければ事業を始められない計画は、外部要因に左右されやすい計画です。
理想は、補助金がなくても規模を小さくして始められる状態を作ることです。
例えば、最初から大規模な農場を作るのではなく、小規模な実証栽培から始める方法があります。
小規模に始めれば、次のことを確認できます。
・その地域で計画どおりに栽培できるか
・想定した収量を確保できるか
・顧客が商品を購入してくれるか
・どの販売方法が適しているか
・どれくらいの作業時間が必要か
・必要な人員数は何人か
・設備に問題がないか
小規模な実証によって事業性を確認した後、補助金を活用して規模を拡大すれば、失敗するリスクを下げられます。
いきなり大規模な設備を導入するよりも、小さく始めて改善しながら拡大する方が安全です。
まとめ:補助金は事業を成功させる手段として使う
補助金を使った農業参入が失敗する主な理由は、次のとおりです。
・競合する農園も補助金を使っているため、それだけでは有利にならない
・補助金ありきで事業計画を作ってしまう
・補助対象であることを、収益性が高いことだと誤解する
・初期投資を減らせても、開業後の赤字は防げない
・自社の強みや地域の条件を生かせない事業を選んでしまう
・補助金が不採択になった場合に事業が進まなくなる
・補助金利用後の制約や義務を理解していない
補助金を使うこと自体は悪くありません。
利用できるのであれば、補助金は使った方がよいでしょう。
初期投資を減らすことができ、借入金や返済負担を抑えられるからです。
ただし、補助金を使えることを理由に農業へ参入してはいけません。
まず考えるべきことは、その事業が本当に儲かるかどうかです。
自社の強みを生かせるのか、地域の気候や立地条件に合っているのか、安定した販売先を確保できるのかを確認してください。
そして、補助金を計算に入れなくても成立する事業計画を作りましょう。
そのうえで補助金を利用すれば、投資回収を早め、事業の安全性を高めることができます。
補助金は、儲からない事業を無理に始めるためのお金ではありません。
勝てる事業を、より有利な条件で始めるための手段です。
補助金に合わせて農業を始めるのではなく、まず自社が勝てる農業事業を考え、その事業を効率的に成長させるために補助金を活用しましょう。
動画でも解説
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